「人材育成基本条例」制定を -地域活性化センター人材育成エコシステム研究会提言-

 人材の確保・育成が地方公共団体の大きな課題となる中、地域活性化センターは、地方公共団体における採用、研修などの人材育成システムが持続的・自律的に発展する方策を検討するため、2022年4月に「人材育成エコシステム研究会」を発足させ、2024年度末までに計9回の研究会を開催しました。
 このたび、研究会での議論を踏まえ、人材育成基本条例の策定に向けた地方公共団体関係者への提言を以下の通り、取りまとめました。本提言が、地方公共団体の人材育成の取り組みの重要性についての気づきとなることを期待します。
 なお、現時点で具体的に条例を策定している地方公共団体はなく、また、本提言において具体的な条文の例を示すものでありませんが、これを機に人材の確保・育成の重要性について議論が始まり、各地で条例策定の動きが出てくることを期待します。
 当センターは、勉強会の開催など必要なサポートを行うこともできますので、気軽にご相談ください。

人材育成基本条例について

 少子高齢化の進展、生産年齢人口の減少、災害の頻発など、自治体を取り巻く状況は厳しさを増している。そうした中で、地域の諸課題を解決し、地域住民が安心して幸せに暮らしていくための諸条件を確保しつつ、地域の魅力と持続可能性をいかに高めていけるかが、自治体に問われている。

 その成否の大きなカギを握っているのが自治体職員である。彼(女)らが、「与えられた仕事をこなすこと」に終始せず、本気で地域および住民のことを考え、現状を把握し、問題発見・問題解決に真摯に取り組み、結果を出せるかどうかが、その地域の将来を大きく左右するのである。

 そのためには、職員たちの意識改革と能力向上が求められる。物事への積極的な向き合い方と覚悟、広い視野、論理的な思考・分析力、専門的な知識、柔軟な発想力、フットワークの軽さ、コミュニケーションスキル、多様な主体との連携ノウハウなど、今日の自治体職員が身に着けるべきものは少なくない。そうした意識や能力をすでに有している者を採用できればよいが、それもまた容易なことではない。自治体職員の人材育成が求められる所以である。

 ところが、現実には、多くの自治体において、人材育成は極めて不十分な状況にある。定員の制約もあり一人当たりの業務量が増大する中、仕事を教える方も教えられる方も多忙を極めていることから、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)が十分に機能しなくなっている。Off-JTについても、研修に行かせるだけの余裕が組織にないとして後回しにされるきらいがある。

 今や自治体は、職員にとって「成長」が難しい職場になってしまっているのである。労働力不足が顕在化し、職員の確保が容易ではないからこそ、一人ひとりの職員の力量を高めていかなければ立ち行かない状況であるにもかかわらず、である。

 「人手不足だからこそ、人材育成を通じた自治体職員一人ひとりの力量アップが求められるが、人手不足だからこそ、それが困難になってしまっている」というジレンマ。このジレンマは、人材獲得を困難にしかねない。なぜなら、今の若者たちが就職先を選ぶ際に一番重視しているのは、「自らの成長を期待できる」という点だからである(参照、リクルート就職未来研究所「就職プロセス調査」(2024年卒)「2023年12月1日時点 内定状況」)。

 それだけではない。売り手市場で民間への転職等が容易になっていること、各自治体において人手不足が深刻化する中で他自治体への転職も増加していることから、自己都合で地方公務員を辞める者が増えている状況にある。2013年度に5727人であった自主退職者数(一般行政職)は、2022年度には1万2501人にまで増加しているのである(約2.2倍)。「成長を期待できる」職場でなければ、人材獲得どころか、人材流出に苦しまざるを得なくなる。それが今、自治体が置かれている現状なのである。

 こうした危機的状況を乗り越えなければ、地域の未来はない。今こそ、各自治体は人材育成に本気で取り組まなければならない。人手不足、多忙さといったその時々の状況に左右されて取り組みが疎かになってしまうようでは人材育成に本気で取り組んでいるとは言えない。では具体的にどうすべきか?

 結論から言えば、地域をより良くしていくための職員の「学び、成長する権利」を中核とした「人材育成基本条例」を制定し、それに基づき、「人材育成(自治体)宣言」をし、そうした方針に沿った自治体運営の実現に取り組むことが必要なのではないだろうか。たとえば、「研修をしっかり受けられるぐらいの職員数を確保」し、組織に余力を創り出すことが「方針に沿った自治体運営」の具体例である(参照、大杉覚「人材育成を優先した地方公務員制度の実現に向けて」『地方公務員月報』2023年7月号)。同条例の中で毎年度外部研修の受講人数を「研修等定数」として明示的に示すことも考えられる。また、研修だけでなく、人事配置(異動)、人事評価、処遇のあり方についても、同条例の方針に基づいて見直していくべきだろう。

 もちろん、職員の「学び、成長する権利」を明記した条例を制定することは、容易ではないだろう。異論も当然ありうる。しかし、人材育成を実現するためには、そうした異論に対して丁寧に反論しつつ、自治体全体で人材育成の必要性に関する共通理解を形成していかなければならない。人材育成は、人間の体で言えば最も基礎的な健康づくりに当たるものであり、その必要性は誰しも否定しえないはずである。むしろ、人材育成基本条例の制定に取り組むことは、地方議員の方々はもとより、地域住民全体を巻き込んで、人材育成について真剣に考えるための契機となりうるはずである。人材育成に本気で取り組むためには、その試練に耐える覚悟が必要となる。

 条例制定をめぐる議論を通じて、「なぜ職員だけに『学び、成長する権利』を認めるのか?」といった疑問が呈されるかもしれない。もっともな疑問である。先に、「職員の『学び、成長する権利』を中核とした」という表現を用いたのは、「必ずしも権利の享有主体を職員に限定する必要はない」というニュアンスを込めたかったからである。むしろ、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」という日本国憲法26条の規定を前提とするならば、職員のみならず、議員を含むすべての地域住民が「学び、成長する権利」の享有主体となることこそが、望ましいとも言えよう。

 たとえば、DX、デジタル化に関する研修の門戸を広く地域住民や議員の方々に開き、職員が彼(女)らと一緒に学び、一緒に成長するというようなあり方は十分に考えられるし、むしろ好ましいことであろう。

 また、そうした場は、地域の人間同士のつながりを形成する場にもなりうる。人材育成は、単に一人ひとりの成長につながるだけでなく、つながりの形成を通じて、地域づくりにもつながりうるのである。

 将来を担う人材の育成こそが地域づくりの基礎である。「人口減少」「人手不足」という厳しい現実を乗り越えるには、人材育成を通じて個々の力量を高め、そうした力を結集していくほかない。

 多くの自治体関係者が本提案に賛同くださり、行動を共にしていただくことを期待したい。

一般財団法人地域活性化センター             
理事長   林 﨑  理

一般財団法人地域活性化センター 人材育成エコシステム研究会
委員長   嶋 田 暁 文