2001年13月号 子どもを支える地域づくり
事例3 (株)キッチハイク(東京都台東区)子育て家族があつまる「保育園留学」 ―子どもはこども園、親はテレワーク― 株式会社キッチハイクこどもと地域の未来総研事業統括 坂井亜優 |
人口減少や若者の流出が進む中、移住促進施策に手応えを感じられず課題を抱えていた北海道厚沢部(あっさぶ)町。人口約3500人のこの町は、「世界一素敵な過疎のまち」というキャッチフレーズを掲げていますが、素晴らしい保育環境を持つ認定こども園「はぜる」に通う子どもたちが年々減少している現状に危機感を覚えていました。
弊社CEO山本雅也が厚沢部町の大自然にある「はぜる」に感動し、「この園に娘を通わせたい!」と感じたことから、「はぜる」に子どもを通わせる保育体験と移住体験を同時に実践。都市部で夫婦共働きの子育てをする中で「ビルに囲まれた小さな公園で遊ぶことが、本当に娘のためになっているのか?」と疑問を感じていた山本にとって、これがまさに家族の課題と地域の課題を同時に解決するアイデアとなり、ここから「保育園留学」の事業化がはじまりました。
全国40地域で500家族が利用
「保育園留学」(※) は、子育て世代をターゲットに、移住体験、現地での保育体験、暮らし体験を"こども主役"でパッケージ化した体験プログラムです。1〜3週間程度の滞在で、親はテレワーク、子どもは地域の保育園に"留学"し、地元の園児と交流します。
※「保育園留学」は、株式会社キッチハイクの商標です。特許取得済。
令和3年11月に厚沢部町での受け入れを始めたところ、SNSなどを通じて子育てコミュニティやママ友同士の口コミが広がりました。「子どもに都会でできない体験を」と都市圏の教育熱心な層を中心に話題となり、メディアを通じて認知が拡大。事業開始1カ月で60家族以上から申し込みがありました。子どもからは、最終日に「これからも『はぜる』に通う!」といった声が聞かれるなど利用者の満足度も高く、リピート希望率は95%を超えています。
地域の皆様のご協力のもと、事業開始から2年半で全国40地域へと展開。令和6年4月現在は累計送客数は500家族を超え、1組の滞在で平均30万円の経済効果を生み出し、7組の子育て家族の移住を実現しています。
この実績を評価いただき、人気育児雑誌が選ぶ2023年の日本の子育てトレンド「第16回 ペアレンティングアワード」、内閣府「地方創生SDGs官民連携プラットフォーム」優良3事例への選出、国土交通賞「令和5年度地域づくり表彰」国土交通大臣賞(最高賞)など、数々の賞をいただきました。
広大な敷地のこども園は各地に
なぜ、「保育園留学」が子育て家族に選ばれるのか。最大の理由は、「保育園留学」が"こどもが主役"であることと、そのブランドの価値づくりにあると考えます。この事業は、山本の実体験から生まれ、現代の子育て世代が直面する課題に対応したものです。"こどもが主役"とした体験に、都市部での子育てに違和感や疑問を感じている多くの親たちから熱烈な共感を得ることができました。また、「保育園留学」と名付けたことで、教育感度の高い層へ強く訴求することができました。
全国には、都会暮らしの人からすると「こんなに贅沢な環境があるの?」と驚くような、広大な敷地や遊び場を持つ認定こども園が沢山あります。ですが、基本的にはその地域で暮らす人に向けた施設なので、外から探そうとしても容易ではありません。一方で、当の園は、定員割れがあったり、そのため保育士を雇うお金がなく人手不足だったり、その価値を生かしきれていないことが多い。このように、地域の中では知られていても、その価値が外にまで正しく伝わらない、そんな「"価値の非対称性"を価値にする」ことがキッチハイクのやりたいことであり、独自の手法です。
私たちは、そんな地域を「留学先」と表し、独自の魅力をWebサイトやSNSで発信しています。また、ご家族のニーズにあった地域との出会いをサポートするため、専用コンシェルジュがLINEやZoomを用いて1対1でご案内しています。私たちは単なるパッケージ旅行を提供しているのではなく、「保育園留学」という体験をご家族に提供しているのです。
私たちはご家族とのコミュニケーションを深め、ブランドや地域の価値を一層高める努力を続けています。地域の価値を損なうことなく、地域経済にお金を循環させるモデルを確立することで、持続可能な地域創生の実現を目指しています。
新たな地域創生の取り組み
留学希望のご家族が増えたことで、厚沢部町では地域の受け入れ住宅が不足する課題が生まれました。この問題に対応し、留学家族専用の住まい「保育園留学の寮」を新たに2棟建設し、令和6年6月からの受け入れを予定しています。完成前にもかかわらず、令和6年度の募集枠の半数以上がすでに満枠となり、注目度の高さが伺えます。
内装は保育園に通う年齢の子どもに合わせて、洗面台などを子ども用サイズに特化してスケールダウンするなどして設計。また、仕切りを減らし親子が安心して気配を感じ合える空間設計を心掛けました。「はぜる」の保育士が監修に参加し、在園児からの意見も取り入れるなど、制作プロセス自体も"こどもが主役"を徹底しています。
100年後の、未来への種まき
「保育園留学」を通じた体験を、私たちは地域の未来に向けた"種まき"だと考えています。
「ここにまた遊びに来たいな」「また、〇〇ちゃんに会いに行きたい!」という子どもたちからのメッセージが、今日も私たちのもとに届き、地域への愛着を育んでいることを実感させ、希望を与えてくれます。
私たちは、地域の価値を拡充するため、課題を共有しながら伴走支援していきます。
100年後の地域を一緒につくっていきましょう。