地方公共団体独自で取り組む研修プログラム(和歌山県田辺市)

「たなべ未来創造塾」による人材育成

1 はじめに

 少子高齢化の進展とともに人口減少が加速する中、地域の担い手不足は全国各地の地方公共団体が共通して抱える深刻な課題となっている。関係人口の創出や移住・定住促進など様々な取組が各地で進められているものの、人口減少に歯止めはかからず、こうした課題は依然として解決には至っていない。
 本稿では、こうした課題に対し、地域の「人」づくりとビジネスの視点から若手事業者を育成する「たなべ未来創造塾」の取組について紹介する。

2 選定した理由

 「人口減少による地域の担い手不足」という全国各地の地方公共団体が抱えている課題に対し、CSVCreating Shared Value/共通価値の創造)というビジネスの視点から取り組んでいること、行政や教育機関だけでなく、銀行や信用金庫、商工会等の地元金融機関等と連携して地域を挙げて取組を行っていることが非常に興味深く感じた。
 また、平成28年度から開始され、今年度で10期目となる事業であり、多くの修了生が地域で活躍していることから他の地方公共団体にとって参考となる事例ではないかと考え選定した。

3 「たなべ未来創造塾」の取組

(1)取組の経緯
 田辺市は平成17年に五つの町が合併し、和歌山県の4分の1の面積を占める近畿最大の基礎自治体となった。合併当初8万人以上あった人口は全国平均と比較して速いスピードで減少している。こうした状況は、今後、田辺市の経済構造に大きな影響を及ぼすと予測されることから、交流人口の増加と地域経済活性化の両輪で市の価値を高めていくことを目的として平成26年に「たなべ営業室」を新設した。
 平成27年には持続的な地域の形成を目指し、「交流人口増加」「地域経済の活性化」を目標とした「価値創造戦略ビジョン・戦略プラン」を策定し、「人」を中心としたまちづくりに向けた取組を開始した。
ロジックツリー.jpg しかし、プランを策定したものの、行政だけで課題解決していくことは困難である。そこで、ビジネスで課題解決できる人材を育てる必要があるということで、市内の若手事業者を対象とした「たなべ未来創造塾」を立ち上げた。

プラン策定にご協力いただいた金岡 省吾氏(当時・富山大学教授、現熊本大学教授)が富山県魚津市でCSV人材育成を行っていたことから、当時の市担当職員が魚津市に何度も視察に行き、運営方法やカリキュラムの内容を練り上げていった。

(2)取組の内容
 「たなべ未来創造塾」は、地域事業者自らが人口減少に起因する様々な地域課題の解決と企業利益を両立するCSVビジネスモデルを創出するための学びの場、人材育成の場である。市内の概ね45歳以下の若手事業者を対象に、定員は10名程度とした。これは少人数にすることで市担当職員がきめ細かな伴走支援を行えるため、同期の強い繋がりを醸成できるからである。
 全14回で構成されており、前半はCSV等の基礎知識の習得のほか、地域課題の解決や地域資源を活用したビジネスの実践者からの講義や、それらを自分事として受け止めるための塾生同士のディスカッションを繰り返していく。後半からは、今後自分が取り組むビジネスプランを関係機関からのアドバイスを受けながら練り上げていく。修了式では100名を超える関係者が集まる場で発表を行う。
 令和6年度までに9期を開講し、修了生を108名輩出している。

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(3)取組の運営
 
「たなべ未来創造塾」は田辺市と熊本大学研究開発戦略本部地域連携戦略部門が主催しており、銀行、信用金庫、商工会議所等の地元金融機関や関係機関が連携、協力、後援を行っている。
 未来創造塾は熊本県を中心に全国各地に姉妹塾があり、姉妹塾に田辺市の修了生が登壇するなどの連携を行っているほか、互いにノウハウを共有しながら運営に取り組んでいる。

(4)取組の特徴
 大きな特徴として、「産学官金」が一体となった組織体制が挙げられる。市とともに主催する熊本大学のほか、連携機関である日本政策金融公庫田辺支店は、選考から塾生へのヒアリングへの同席や助言等を行っている。また、塾の進捗状況に合わせて公庫主催の講座の開催や個別融資相談等を行うなど、市と一体となって取り組んでいる。
 こうして塾開催中から塾生と金融機関が関係を深められることで、金融機関側は将来のビジネスパートナーを発掘でき、修了生側はビジネスプランを実行する際の融資がスムーズに行われるという双方にとってのメリットが生まれている。
 また、市内の県立神島高校と連携し、高校生が地域について学び、高校生ならではの視点で地域課題を捉え、自分たちでその解決策を考える場として「神島塾」を令和4年度にスタートさせている。この塾には未来創造塾修了生が地域で活躍している「かっこいい大人」として多数登壇し、受講生と交流の場を設けている。このように、高校生が進学等で一度田辺市を離れたとしても、将来帰って来たいと思えるような取組を行っている。

(5)取組の成果
 
市ではKPIを「修了生のビジネスプラン実行率50%」と設定しているが、1~9期までの実行率は69.4%と高い水準を保っている。修了生達は、特産品である梅を利用した食品の開発や空き家の有効活用、希薄化が進む地域コミュニティの再生を目指す取組、修了生同士が連携した親子で楽しめるイベントの開催など、地域で様々な事業を展開している。これらには農林水産大臣賞受賞やミシュランガイド掲載などの受賞実績が多数ある。
 修了生同士のつながりも強く、期を越えたコラボレーションによる新たな事業が生まれているほか、首都圏の大手企業社員と地域課題解決に取り組む「ことこらぼ」など、市外も巻き込んだ取組が行われている。

4 今後の展望について

 田辺市は「人づくり」に重点を置いたことで、地域課題解決を意識して事業に取り組む多くの修了生が生まれ、地域の担い手としてそれぞれの立場で活躍してくれるようになっている。
 田辺市を活性化させるため、引き続きたなべ未来創造塾による「人づくり」を核とした取組を続け、田辺市に「帰って来たい」「住みたい」「関わりたい」と感じてもらえるまちづくりに取り組んでいく。

5 執筆者の所感

 地域の担い手づくりの講座や研修は全国各地で取り組まれていると思うが、ビジネスプランの作成をゴールにすることで地域の「稼ぐ力」の向上や地域内の経済循環につなげられている部分が斬新だと感じた。10期継続できているだけでなく、修了生が多く活躍しているのは市担当部署や関係機関の手厚い伴走支援があるからであり、講師に任せきりにならない運営体制が重要であると考える。

執筆者

企画・人材育成グループ 笠 千尋(福岡県飯塚市から派遣)